CHAIR SNOWBOARD
1979年生まれ 北海道倶知安町出身
18歳でスノーボードと出会い、北海道というスノーボーダーにとって最高の環境で過ごす。
2010年、スノーボード最中の事故により第10胸椎を損傷し、チェアスキーに転向する。
2014年、辰己博実氏にアドバイスをもらいチェアスキーの板の部分にスノーボードをつけられるよう自作で改良し、友人や知人、プロスノーボーダー達の熱い支援を受けて『チェアスノーボード』としてスノーボードの再出発を果たす。
再出発から現在に至るまでギアの細かい改良を重ねて試行錯誤し、チェアスノーボードのパイオニアとしてニセコエリアを中心に精力的に活動中!
KEIRIN
1976年生まれ 福島県東白川郡出身
日本競輪学校 第78期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。
父親の影響で幼少期より競輪に興味を持つ。高校2年生の頃に父親と訪れた第36回オールスター競輪を見て感銘を受けて、競輪選手になることを決意する。
1996年8月いわき平競輪場でレースデビュー、初勝利を飾り、その後もスタミナと脚力を存分に生かした先行戦法で順調にS級まで昇りつめるも、先行戦法に限界を感じ、憧れの戦い方であった追い込み戦法へ転向する。
2003年のG1レース「全日本選抜競輪」で、G1初となる優勝を果たしトップクラスの地位を確立すると、2004年に開催された全てのG1レースで決勝まで進出し、2004年には「共同通信社杯競輪」、2005年には「ふるさとダービー」で優勝する。2006年までは4年連続で「KEIRINグランプリ」に出場をしている。
2008年にレース中の落車によって肋骨、足首を骨折する大怪我を負ってしまう。またレース形態や使用するギアの変更といった競輪のルール変更の影響で、長いスランプへ突入してしまう。懸命なリハビリやトレーニングを経て、2011年前期から競輪選手約2300人の中のわずか9名のみが選ばれる(当時は18名)「S級S班」へ昇格を果たす。
一度は「S級1班」へ降格してしまうが、これまでのトレーニング内容を全て見直し、2019年には賞金上位となり、13年ぶりの「KEIRINグランプリ」出場が決定、9年ぶり2度目となる「S級S班」へ昇格を果たす。そして12月30日に行われた「KEIRINグランプリ2019」では、43歳1ヶ月という歴代2位の高齢優勝記録で初優勝を飾る。
2020年7月には通算400勝を達成し、2022年までKEIRINグランプリに4年連続で出場している。「限界?気のせいだよ!」のキャッチコピーをテーマに2023年現在もS級S班の最年長として、鍛え抜かれた鋼の肉体を武器に2度目の「KEIRINグランプリ」制覇を目指し、最前線で戦っている。
SKIING
北海道伊達市出身
プロスキーヤー・冒険スキーヤー/Professional skiyer 元アルペンスキー全日本代表(滑降・スーパーG)
中学生よりアルペンスキーで頭角を現し、ジュニアオリンピック(大回転1位・スーパー大回転1位)北海道選手権大会優勝、世界ジュニア・ウィスラーカップ(回転4位・大回転1位・スーパー大回転2位)、などジュニアのタイトルを総なめにし、1996年には全日本スキー選手権大会で滑降・スーパー大回転の2種目優勝し、全日本ナショナルチームに入り、FISレースやヨーロッパカップなどを転戦。
1998年の長野五輪・アルペンスピード系候補選手に選出。しかし、日本チームとして滑降競技出場を見送ったため残念ながら五輪出場は叶わず、一時期スキー競技から離れる。その後、6年間スキーとスポーツから離れたのち、一般企業でOLとして働くも、スキーへの情熱を取戻し、冒険スキーヤー・基礎スキーヤーとして再びプロスキーヤーの道を歩みだす。
2008年にチームホンダ隊に入団し、8月5日(ネパール現地時間7時59分)、極西ネパールにあるヒマラヤ未踏峰5400m登頂&世界初スキー滑走に成功する。2009年にはチームホンダ隊・幻の冬虫夏草のある西ネパール・未踏峰ヒマラヤ7000m級へ挑戦したが、5500m付近で隊のアクシデントがあり撤退を経験する。2011年にはチームホンダ隊・西ネパールにあるラルキャピーク山付近にあり、8000m峰のマナスルが横に見える無名峰でもあり未踏峰ヒマラヤ6056m峰に登頂と同時に世界初スキー滑走成功する。また基礎スキーでもアルペン高速系で日本一になったポテンシャルを生かし2011年の総合11位となり翌年にはSAJデモンストレーターに認定される。
2015年の全日本スキー技術選手権大会12位(種目別6位)を最後に競技から離れ、これまで培った様々な経験を元に冒険スキーヤーとして国内の山はもちろんのこと世界各国の山々を滑っている。常に自分の体とスキー技術向上の為、様々なトレーニングをこなしながら、持ち前の笑顔と滑る事の楽しさを技術と一緒に、国内と国外問わず多くのスキーヤーに教えている。
北海道道北エリア(旭川)を拠点に、冬のホワイトシーズンはパウダー&ゲレンデスキーレッスン、雪山アンテンド、アルペンスキーレッスン、夏のグリーンシーズンはマウンテンバイクツアー、グラベルロードツアー、ロードバイクツアー、SUPツアーなど行い、アスリート向けにも一人一人に合った目的のニーズ合わせたシリアスなメニューとウェイトリフティングなど多様性に組み合わせたトレーニングを提供している。
BOXING
1987年生まれ 千葉県市川市出身
日本体育大学卒業後、大手フィットネスクラブ数か所でのトレーナー経験を経て、パーソナルトレーナーとして独立。様々なクライアントに運動指導を行ううちに『運動のみで満足な健康・美容効果を獲得すること』へ疑問を感じ、栄養と食生活について勉強を始める。
分子整合医学との出会いをきっかけに、指導にファスティングを導入。フィットネスとファスティングを融合させたメソッドを提唱し、栄養指導の面やトレーナーとしてボクシング界と関わる。
関わっていく中で“自分もリングの上で戦いたい”という気持ちから2017年プロテストに挑戦し、見事合格。2017年12月よりプロボクサーとしてのキャリアをスタートする。現在、9戦5勝(2KO)3敗1分で日本女子フェザー級1位まで登り詰め、初のベルト獲得を
目指す。
プロボクサーやトレーナーだけではなく、千葉県浦安市にある「Rubia」のオーナーとして、ヘルシーで体に優しいスイーツを考案し、運動と栄養の両面から健康づくりを提案している。
SNOWBOARD
1980年生まれ 沖縄県出身
19歳でスノーボードに出会い、スノーボードクロスの競技プロ活動を経て、バックカントリーのガイドへ。ガイド歴10年目を迎える。
自然の中にいることの方が自身に合ってると思い、32歳で長野県に拠点を移し、四季を通したアウトドアを職業に、登山ガイド・ラフティングガイド・バックカントリーガイドとして白馬や新潟をメインに活動中。
2015年に結成したガールズアウトドアチーム「nuts」の一員としても活動を行い、2015年には香港トレイル170キロを完歩、2018年には900キロに及ぶ、スペインのロングトレイル「フランス人の道」を33日間で完歩している。
2022年の冬にはツアーの下見中に半月板断裂の大きな怪我を負ってしまうが、懸命なリハビリの末、無事に復活を果たしている。